2010年04月23日

矢嶋博士さんのマクドの短歌

矢嶋博士さんが、興味深い短歌を作っている。



マクド二階は。わが避難所にして、聖なるかなや パン、コーヒー、歌。を得さしめ賜ふ

実際。200円でコーヒーを飲ま、マックチキン食は、歌うたはしむるなり

200円。ならばこその、わが日に数度も、避難に退避繰り返しをりぬ

早朝は6時からゆき、深夜ゆき。25時までをわがゐ抱かれゐしよ

マクドは。わァが、やァどォり〜。書斎、学問の府。開かれて世界を見しむる

わがいのちを。養い呉るる わがうたを 太らせ給ふ マクドぅぞ宝


当該記事URL
http://yasimahirosi.at.webry.info/201004/article_56.html




以下、歌評というか、解析のようなもの。


マクド二階は。わが避難所にして、聖なるかなや パン、コーヒー、歌。を得さしめ賜ふ

 句点、読点の多用が目につく。こういった歌がないわけではないが、ここまでの多用はめずらしい。これによって読む際の韻律が強く制御される。見た目にも区切りがはっきりすることになる。
 一見、歌としてズタズタにされているように思うが、読んでみるとわかるとおり、訥々ではあるが読みにくくはない、むしろ独特の声調になっている。
 また、句点、読点で区切ることによって、各オブジェクトが一直線ではない配置にされて、空気感を生んでいる。


実際。200円でコーヒーを飲ま、マックチキン食は、歌うたはしむるなり

「飲ま」「食は」「うたは」を言いさしておいて、さいごに「しむるなり」でまとめている。
 おもしろいけれど、成功しているかどうかは微妙。ただ、この連作の中においては、さほど気にならず、むしろこのような人なのだと、妙に納得もする。


200円。ならばこその、わが日に数度も、避難に退避繰り返しをりぬ

 なんとなくわかるが、不明な点も多い。
「わが日」とは、いったいなんであろうか。ふつう、その人にとっての一日は「わが日」だと思うが、あえて言うこともない。もしかすると、ふだんは「自分の日」という感覚がないのであろうか。下の句を読むと、自分の時間をつくりにいっているようにも思える。ただ、この文脈で「わが日」は、わかり難いのではないだろうか。
「避難に退避」は、同じ言葉をあえて避けたのだろうけれど、あまり効果がないように思う。むしろ、意味を穿ってしまう。それとも、きちんと別物として「避難」と「退避」があるのだろうか。ここからは窺い知ることができない。


早朝は6時からゆき、深夜ゆき。25時までをわがゐ抱かれゐしよ

「〜ゆき、〜ゆき。」はどうしても、額田王の「あかねさす紫野行き標野行き〜」を連想する。そして歌に時刻も盛り込まれていることから、列車の行き先表示も連想する。
「わがゐ抱かれゐしよ」は、詠嘆に生身の感覚をとても感じてよいと思う。安堵感、そして、すこし客観的に、自嘲的な雰囲気もまじっている。


マクドは。わァが、やァどォり〜。書斎、学問の府。開かれて世界を見しむる

 おそらくは雪山賛歌を下敷きにしている。そして、「書斎、学問の府」と言い、「世界を見しむる」と言っている。
 いきなり出されると面食らうだろうし、読むひとによっては面白くないと思うが、実感はこもっていると思う。この連作の中にあって、効果をあげるものだと思う。


わがいのちを。養い呉るる わがうたを 太らせ給ふ マクドぅぞ宝

 沖縄の諺だったと思うが「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」というものがある。命が宝だ、ということである。これを下敷きにして「マクドぅぞ宝」と言っているのだと思う。
 歌としては、そのまま実感を述べただけに思われる。しかし、強い実感は感じる。




余談
 もしかすると、わたし以上のマクドの強者なのではないかと思われる。わたしが畏怖するほどの人を知ったのは、はじめてである。それが取り上げる動機のひとつともなっている。わたしは「スーパーサイズミー」の映画の人にも、日本で「スーパーサイズ」的なことをして本にした人にも、畏れは感じなかった。
 客として、マクドに通う回数、滞在時間は、期間限定であるならば、未記録ながらわたしは、世界でもトップクラスだと思っていたのだ。
 小学生のころは、お小遣いその他の関係からも、週に1,5回くらいしか行っていなかったが、中学、高校は一日に1〜3回。ゲームなどをして滞在時間は毎日数時間。大学時代はもっと多くて、毎日3〜5回。一日の滞在時間は4〜17時間くらいであった。社会人になってからも毎日のようにマクドに通っていた。
 しかし、おなじようにマクドに住むがごとき人を知ったのは、矢嶋氏がはじめてなのである。
posted by はづき生 at 20:46| Comment(5) | TrackBack(0) | 気になるURL | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なまさんま定食たのめば生のママの三馬でてきて凝っと目を見る

お刺身になっているのではなく焼かれてもいず生さんま定食 いかが食はします

生米と、生味噌ついて、生葱と、生大根混ぜ、チンすれば食へる か

このたびは。一首たりとも省かずに 全首掲載 草々頓首です

さらにさらに わがマクドなる 生涯を津々浦々を 歌はむとぞおもふ
Posted by 矢嶋博士 at 2010年04月23日 21:49
 ご訪問と短歌、ありがとうございます。
 わたし非常に不精なので、いつになるかはわかりませんが、コメントをつけようと思っています。(いままで50%くらいの記事は、挫折していますが。^^;;)
 よいと思うことについても、わるいと思うことについても、コメントしようとおもっています。
Posted by はづき生 at 2010年04月24日 07:53
草草

良きにつけ。悪ろきにつきておもふことの、御御/オンミ/こゝろの儘さんま。こそば

頓首
Posted by 矢嶋博士 at 2010年04月26日 01:44
マクドは。わァが、やァどォり〜。

これは、讃美歌。

神は 我が 宿り

からでした。完全の無神論者、を目指すものです。わたくし。日本古来のアニミズム。神社の境内に入り、木々が鬱蒼と静か、な空気には粛然とはしますが。世の中では、坊主を一切みとめていませんので……こんなバチあたりのパロディーを、平気でします。
Posted by 矢嶋博士 at 2010年04月28日 23:24
なるほどー、賛美歌からでしたか。
宗教施設は、洋の東西をとわず、雰囲気のあるものが多いですよね。
歌も然り。
短歌も雰囲気を纏える。
Posted by はづき生 at 2010年04月29日 06:27
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