2008年06月09日

身体は生きながらえる

 振り向いた。誰もいなかった。
 だいたい純二がいけないんだ、いつもかわいい子を見かけるって、あの公園の隅にいつも座っている子がいるって夕方に、座っている子は帰っていくから、後をついていってみようって。彼女の家はこんなにも、森の奥で鬱蒼としたところにある洋館だったなんて、知らなかった、今まで、こんな所があるの知らなかった。だいたい、彼女が何者かも知らなかった。少し背中にかかった黒髪、ブレザーで、どこの高校だろう、肌は白かった、ように思うわからないけれどたぶん、陽が当たっていて橙色だったんだ。目は、すうっと切れ長で、赤い唇が冷たかった、彼女は、後ろを向いていたけれどわかっている。微笑んでいた。
 喉が渇く、とても。肌がこのままではしっとりと、していなくなる、このままではコントロールできない。誰か助けてください、替わりに、助けてください。
 誘われたんだ。誘われて、来てしまったんだ。ついて、着いてしまったんだ、もう、引き返せない。運命を受け入れることは運命を、切り拓くことで運命を、受け入れること。もう、行ってしまったのだから。
 暗かった。暗かったけどまだ、この先どんどん暗くなる。闇の中よりもさらに暗い闇の奥へ、来てしまって進んでいく。暗いけれど、大丈夫、この感覚は、知っている、肌が、鼓動が。闇はまとわりつく肌に浸み込む闇の肌は相変わらず白く、浮き上がっているから安心して辿りつけた。
 今までと違うだなんてそんなこと、変わらないはず僕は、僕、なはず、目の前の、脳。透明なケースに入った脳は、ぶかぼこと泡の立つ液に沈められ無数のコードがそこから伸びていた。
 僕だ、彼女は、見ている。ケースの中の脳を見ている。そしてたしかに微笑んでいる。
 少し背中にかかった黒髪、ブレザーで、白い肌の彼女は微笑んでいる。
 全てはもう、終わってしまったことだ。
 きっと仕方の無いことだから彼女は、微笑んでいたんだ、だから、僕も、もっとしっかり微笑んでみる。水槽に、ほのかに映った姿をよくみて、微笑んでみる。
 僕は微笑む、彼女も微笑む。
 そして水槽の中の脳、純二に向かって微笑む。
 仕方の無いことだったんだ。わたしの脳はすでに崩れかけていた。新しい脳が必要だった。身体は、精気を摂取すれば維持可能だった、しかし脳は、そうはいかないのだ。わたしは、わたしの脳はわたしに取り出され、わたしに入れられた。わたしはわたしになった。わたしはわたしに慣れていなかったけれど、わたしの身体はわたしに慣れていたので、わたしの感覚で肌に、触れてみた。髪に、顔に、胸に、腕に、脚に触れてみた、抱いてみた。わたしだった。だから、大丈夫、微笑んでみた。それでも、もう、時間がないので、わたしだった身体の精気を吸った。乾涸びかけた肌は、砕けかけた骨は、腐りかけた内臓は、回復していったけれど足りないので、純二にもくちづけをした。良かった。これで。
 もう戻れないね。
 わたしは、わたしの身体にしたがって、水槽に顔を映して微笑む。やり方は知っている。
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2008年06月03日

3題(缶詰、幼馴染、年の差)投下改訂版

 小止線はなだらかな丘陵地を奥へ入っていき、周囲はしだいに山になってくる。夕刻は、都市部にある学校から帰る生徒が多い。生徒たちはたくさんのグループに分かれて騒いでいる。ある者は景色を見ている。ある者は眠っている。そして、黒髪の少女は座席の端で本を読んでいた。
 丸毛井ぃ〜、丸毛井。
 ひとりの老人が乗ってきて、少女の前に立った。
「おじいさん、宜しければどうぞこの席へ」
「あ、いやいやいいんだよ、あ……痛たた、お言葉に甘えることにしよう、すまんのう」
「いいえ、わたしこそ、差し出がましくてごめんなさい」
 老人は少し目を伏せ、微笑んだ。その後、視線を、少女の足から、すぅっと上にずらしていき、今度は力強く笑った。
「あの、何か?」
「ああ、あなたが実に凛々しく立っておるから、つい見惚れてしまった、失敬。しかし、若いということは、良いのう」
「あ、えと、わたし、見かけほど若くないですよー」
 少女は、所在無く笑う。
「そうか、それならわしも、見かけほど年はとっておらん! はっは」
「そーいえば、おじいさん結構ハンサムですねー」
「結構もなにも、わしはハンサムじゃ!」
 話に花が咲き、2人の世界は閉ざされる。
 電車は、いくつもの駅を通り過ぎた。
「あの、山楠町ってご存知ですか」
 老人は目を見開いた。
「山楠町が、どうかしたのかね」
「わたし、以前に住んでいたんです。おじいさんと会って、なんか思い出しちゃって」
 老人は、じっと少女をみつめる。少女は顔を伏せる。老人は覗き込む。目が合う。
「目じりの黒子、化粧で隠しているんじゃないかね?」
「え、なんでそれを」
「ただの勘じゃが。わしの昔の知り合いに、あなたに面差しがよく似た男がいたんじゃよ」
 すでに車内には2人だけになっていた。少女の鼓動は速くなり、呼吸も速くなり、深呼吸をした。老人も、呼吸が荒い。
「缶詰っ!! 廃屋でみつけた缶詰っ!」
 そう叫ぶと、少女は目を瞑り、記憶の奥を探っていった。
「む、それは……、その、あなたのお父さんからでも聞いたのかね」
「いいえ、わたしが、わたしが直に、直に知っているんです」
 そうだ、15年前、高校を卒業する直前に、卒業記念の探検だといって親友と2人で入った廃屋。古い書斎でみつけた缶詰。好奇心から開けてみて、それっきり。気づけば3歳くらいの少女として親戚に預けられていた。
 少女は、探り出した記憶を、ひとつ、ひとつ、語っていった。
「そうか、そうだったのか、わしは、わしは……」
「あ、えと、おじい……、えと、たく、拓郎!」
 老人は、顔をそむけた。
「拓郎! あたし、あた、えと、オレ! ずっと拓郎はどうしたんだろうって、えっと、あの」
 七会ぃ〜七会ぃ〜。七会線はお乗換えです。
 老人は、すっくと立ち上がり、電車から降りて、振り返った。
「若いものは元気よく! わしもまだまだ若いから、頑張らにゃな!」
 電車は、ふたたび走り出した。
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2008年04月15日

試着室

 では、お客様のサイズにあったものを持ってまいりますので、暫くお待ちください。そう言って店員は試着室のカーテンを閉めた。オレは高鳴る鼓動を抑える、おさえるおさえる抑える!! 今こそ、その時なのだ。憧れの学校中のアイドル、明王院麗華のハートを射止めるチャンスなのだ。
 おもえば長く辛い日々だった。高校の入学式で彼女と出会ってからというもの毎日、通算400回はアタックしたが、ことごとくフラレた。勉強は中の上、運動も中の上、ルックスは誰がなんと言おうと自信がある。マイナス要素はないはずだ。なによりも、オレより熱心な奴はいないのだ。あとは、ハイソな彼女と、中の上家庭のオレとの格差くらいしか思いつかない。しかし、そんな日々も今日までだ。さっき彼女が婦人服売り場の試着室に入ったのを見た。女は時間がかかる。その間に、オレも一流のスーツでキメるのだ。一流スタイルのオレならば、もはや不可能は無い。オレって頭いい。というわけで、実行に移したのだ。こんな時のために親父のカードを持ってきていたんだ、完璧だ。
「お客様、服を持ってまいりました。」
 さっきの店員と、少し声が違う気がする。店員は、中を見ずに、すばやく服を試着室内に入れると、ごゆっくりどうぞ、と言って、去っていってしまった。入れられた服は華やかで、質量が少ない。というよりも、どうみてもスーツではない。とりあえず、オレは服をつまみ上げた。
 明王院麗華の服! さっきまで明王院麗華が着ていた服だ、間違いない。綿で細かく編んであってレースのついている、キャミソール? とかいうやつ。ナチュラルな感じのベージュ色。そして、白いカーディガン。細身の群青色のブーツカットジーンズ。そしてブラジャー……って、え? こっちは、ショーツ。な、んでだ?
 ま、いい。とりあえず、キャミソールを顔の高さまでもってきて、そっと顔を近づける、鼻腔をすうすういわす。ほのかに、甘くて清冽な匂いがする。少し顔をうずめてみる。
「お客さま、いかがでしょうか」
「え、あ、も、もうちょっと待ってください」
 咄嗟にこたえたが、訝られなかったようだ。服をたたんで出よう。説明すれば、きっと解ってくれる。と、服を置きかけたが、もう少しだけ。こんな機会は二度とは無い。だいじょうぶだ、きっと、大丈夫だ、おちつけ。
 自分の服を脱いだ。すぐに着られるようにセットしておく。準備はオッケイ、いきなり核心からだ、ショーツにゴー! 両足を入れてみた。ショーツは足首のところにある。穿いたら伸びてしまうだろうか、いや、大丈夫に決まっている。一気にたくし上げる。冷えた感触。早く次。ブラジャー。幸いこれ、フロントホックだ。あ、絡まった、と、よし。きついかと思ったら、なんだかフィットする感じだ、気持ちいい。姿勢が楽になった気がする。靴下を穿く、ピンクと白の模様がかわいい。そしてジーンズ。足を入れて少したくしあげると、ぎゅうぎゅう締め付けられる。さすがにまずいだろうか、と思ったら、すっと楽になった。柔らかいふくらはぎに沿って、ジーンズの感触。その後はすんなり入った。脚がスレンダーにみえる、なかなか色っぽいかもしれない。ヒップも適度に張りがある。今度はキャミソールを被るように着た。なんだか身体がすっきりしたような気がした。腕をみると、細くて、磁器のように白く透き通っていて、なんだかふにふにしている。こんな腕、だった、よね? 胸元を見下ろすと、やはり白かった。はやくカーディガンも着なきゃ。と、これで、全部かな。鏡を見る。うん、決まってる。って、え、なに? この顔!? 女性の身体に、むさくるしい男の顔がついていて気持ち悪い、って、あれ、オレ、えっと……。ああ、そっか、オレ、女装してたんだ、気持ち悪いわけだ。早く、早く、早く、この顔をどうにかしなきゃ、あたしの顔じゃないもん、どうにかしないとどうにか。じゃなくて、脱がなきゃ!! 変だ! 何か変だ!
「明王院のお嬢様、よろしいでしょうか」
 カーテンが開いて、フロア責任者らしき店員が顔を出した。
「あの、オレ……」
「どうかなさいましたか? もう、お供の方がお待ちです。お買い上げになった品物は、すでに運ばせてあります」
 店員は何か気づいたように、あ、と手を打ってから、つづけた。
「ああ、気がつきませんでした、すみません。御髪ですね。今、櫛を持ってまいります」
 店員は、すぐに櫛を持ってきた。わたしは、いつものように髪を梳かした。鏡を見て、いろいろな角度からチェックする。これで良し。
「あ」
 鏡には、いつもの明王院麗華が映っていた。そうか、これで、いい、のよね。
「お嬢様、お車の用意ができております。次のご予定がありますので、お急ぎになってくださいませ」
 使用人のセバスチャンが息を切らしてやってきた。まったく、年なのだから自重すればいいものを。
「心配かけたな。今行く」
 お気に入りの黒いハイヒールブーツを履いて、売り場を後にした。デパートを出て車に乗り込むところで、誰だか走り寄ってきた。そいつはセバスチャンに取り押さえられる。顔を見ると、同じクラスの中村だった。勉強は中の下で運動も中の下で、ルックスはお世辞にも良いとはいえない。たしか、あまり裕福でもなかったような気がする。総合的なランク付けでいえば、下から数えたほうが早い。毎日毎日しつこくつきまとってこなければ、名前など覚えていなかっただろう。
「麗華さぁぁあん、きみはオレのものだ。きみはオレが好きなはずだっ!!」
 セバスチャンに押さえられながらも、まだ近づこうとしている。けがらわしい。
「現実が見えていないようね。いいかげん、わたしの視界から消えなさい。永久に」
 ドアは閉められ、車が走り出した。やっと、落ち着く。鏡を取り出して、自分を確かめる。
 そう、わたしは、わたしのものでしか、ありえないのだ。
「そうでしょ?」
 わたしは、後ろを振り返った。
posted by はづき生 at 21:38 | TrackBack(0) | TSF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする