2010年05月29日

短歌20100529朝

ひだりては下にみぎては上にあり釣り銭を受くる間のしばしあり
ラベル:短歌
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2010年05月26日

短歌20100526昼

わがことをわれとは言はぬ日常にわれのわれなる寂しさ浅し
ラベル:短歌
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2010年05月25日

短歌20100525夕

ままならぬ朝ふとみればリモコンの赤外線照射部はわれに向きをり
ラベル:短歌
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2010年05月21日

短歌20100521夕

駐車場に入りし車はわが前をとほり過ぎれば転回し出づ
ラベル:短歌
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2010年05月16日

詩誌四囲創刊

廿楽順治さん、阿部嘉昭さん、近藤弘文さん、高塚謙太郎(都市魚)さんの四人によるネット詩誌『四囲』が創刊しました。
PDFでの提供で、廿楽さんのサイトに『四囲 創刊号』へのリンクがあります。

廿楽さんのサイト
http://tsuzura.com/konoyo/
四囲創刊号
http://tsuzura.com/konoyo/data/she1.pdf
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2010年05月06日

短歌20100506夕

方形の発泡スチロールより取り出しし納豆は方形を保ちたりけり
ラベル:短歌
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2010年05月04日

短歌道の短歌講座

携帯電話の短歌サイト、短歌道で、短歌講座がはじまります。
全3回で1クール、3000円。
2010年5月28日(金)、6月11日(金)、6月28日(金)の18:30〜20:30まで、池尻大橋にて。
短歌をはじめたばかりの方も、より短歌に親しんでいただけるような講座にしていきたいそうです。(←はづき生、意訳というか意略)
生沼さんは、とてもとてもとても丁寧な方なので、なかなか良いのではないかと思う次第であります。

なお、今回は、短歌道会員でなくても受講できるようです。


詳しくは下記。

短歌道、短歌講座コンテンツ
http://57577.mobi/school/top/
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2010年05月02日

短歌20100502昼

出し入れしたる舌はしだいに繁くして猫一心に缶詰を食す
ラベル:短歌
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2010年05月01日

短歌20100501昼

みづからの位置関係を把握して猫ねむりたり家族の間〔あひ〕に
ラベル:短歌
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2010年04月29日

短歌行20100421の記事の一部について

短歌行さんの、2010年4月21日の記事の一部について、ちょっと書きたく。
http://tankakou.cocolog-nifty.com/blog/
当該記事にはコメントできないようなので、ここに書きますー。
パッと、思いつきで、ほんとにごく一部なのだけれど。まだ、記事ほとんど読んでないのだけれど^^;;;



友達の呉くんちには沼亀がいてさ思春思春って鳴くんだ 佐藤羽美

2009年歌壇賞受賞作「ここは夏月夏曜日」より。
堂園さんが、この歌の読みで、

堂: うーん……。まず「思春思春」って鳴かないだろうと思ってしまう。世界にはいろいろなものがあって、亀だっていろんなふうに鳴くかもしれないけど、それを「思春思春って鳴く」とひとつの秩序に押し込めてしまうことで、もともとあったいろんな良さが消えてしまっているように感じてしまうんだよね。

という発言をしています。
この感覚は、わたしも尤もだと思います。
ただ、補足をしてみたいと思います。


亀は、春の季語です。思春期の春とかけていると思います。
また、かなり信憑性はうすいと思いますが、『恋姫†無双 〜ドキッ☆乙女だらけの三国志演義〜』というアダルトゲームがあるらしく。このゲームでは、呉の武将の甘寧は思春という名を持っているらしいのです。とつじょとして「呉」という苗字がでてくるのは、なかなか解せないもので、こういった憶測もありうるのではないかと思うのです。

いや、なんかもー、それだけなんですけど。^^;;;
すみません。


あ、亀が鳴くことや、ゲームなどを盛り込むことは、わたしはいいと思います。
ただ、この歌は、わかりにくいことが多いし、あまり効果的ではないな、と思うのです。
そういった部分で、堂園さんに同意です。

※註 箇条的に雑駁歌評
ゲームが盛り込まれていたばあい、題材として一般的ではないのでわかりにくい。(そういうのもアリとは思うが、万人向けではない。)
「思春」という言葉がつよすぎて、不自然に感じるひとも多いだろうと思われる。
なぜ「呉くん」なのか。もちろん、知り合いの名前として固有名詞はアリなのだけれど、この歌の場合、唐突に感じてしまう。
「いてさ」は、良いと思う。
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2010年04月23日

矢嶋博士さんのマクドの短歌

矢嶋博士さんが、興味深い短歌を作っている。



マクド二階は。わが避難所にして、聖なるかなや パン、コーヒー、歌。を得さしめ賜ふ

実際。200円でコーヒーを飲ま、マックチキン食は、歌うたはしむるなり

200円。ならばこその、わが日に数度も、避難に退避繰り返しをりぬ

早朝は6時からゆき、深夜ゆき。25時までをわがゐ抱かれゐしよ

マクドは。わァが、やァどォり〜。書斎、学問の府。開かれて世界を見しむる

わがいのちを。養い呉るる わがうたを 太らせ給ふ マクドぅぞ宝


当該記事URL
http://yasimahirosi.at.webry.info/201004/article_56.html




以下、歌評というか、解析のようなもの。


マクド二階は。わが避難所にして、聖なるかなや パン、コーヒー、歌。を得さしめ賜ふ

 句点、読点の多用が目につく。こういった歌がないわけではないが、ここまでの多用はめずらしい。これによって読む際の韻律が強く制御される。見た目にも区切りがはっきりすることになる。
 一見、歌としてズタズタにされているように思うが、読んでみるとわかるとおり、訥々ではあるが読みにくくはない、むしろ独特の声調になっている。
 また、句点、読点で区切ることによって、各オブジェクトが一直線ではない配置にされて、空気感を生んでいる。


実際。200円でコーヒーを飲ま、マックチキン食は、歌うたはしむるなり

「飲ま」「食は」「うたは」を言いさしておいて、さいごに「しむるなり」でまとめている。
 おもしろいけれど、成功しているかどうかは微妙。ただ、この連作の中においては、さほど気にならず、むしろこのような人なのだと、妙に納得もする。


200円。ならばこその、わが日に数度も、避難に退避繰り返しをりぬ

 なんとなくわかるが、不明な点も多い。
「わが日」とは、いったいなんであろうか。ふつう、その人にとっての一日は「わが日」だと思うが、あえて言うこともない。もしかすると、ふだんは「自分の日」という感覚がないのであろうか。下の句を読むと、自分の時間をつくりにいっているようにも思える。ただ、この文脈で「わが日」は、わかり難いのではないだろうか。
「避難に退避」は、同じ言葉をあえて避けたのだろうけれど、あまり効果がないように思う。むしろ、意味を穿ってしまう。それとも、きちんと別物として「避難」と「退避」があるのだろうか。ここからは窺い知ることができない。


早朝は6時からゆき、深夜ゆき。25時までをわがゐ抱かれゐしよ

「〜ゆき、〜ゆき。」はどうしても、額田王の「あかねさす紫野行き標野行き〜」を連想する。そして歌に時刻も盛り込まれていることから、列車の行き先表示も連想する。
「わがゐ抱かれゐしよ」は、詠嘆に生身の感覚をとても感じてよいと思う。安堵感、そして、すこし客観的に、自嘲的な雰囲気もまじっている。


マクドは。わァが、やァどォり〜。書斎、学問の府。開かれて世界を見しむる

 おそらくは雪山賛歌を下敷きにしている。そして、「書斎、学問の府」と言い、「世界を見しむる」と言っている。
 いきなり出されると面食らうだろうし、読むひとによっては面白くないと思うが、実感はこもっていると思う。この連作の中にあって、効果をあげるものだと思う。


わがいのちを。養い呉るる わがうたを 太らせ給ふ マクドぅぞ宝

 沖縄の諺だったと思うが「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」というものがある。命が宝だ、ということである。これを下敷きにして「マクドぅぞ宝」と言っているのだと思う。
 歌としては、そのまま実感を述べただけに思われる。しかし、強い実感は感じる。




余談
 もしかすると、わたし以上のマクドの強者なのではないかと思われる。わたしが畏怖するほどの人を知ったのは、はじめてである。それが取り上げる動機のひとつともなっている。わたしは「スーパーサイズミー」の映画の人にも、日本で「スーパーサイズ」的なことをして本にした人にも、畏れは感じなかった。
 客として、マクドに通う回数、滞在時間は、期間限定であるならば、未記録ながらわたしは、世界でもトップクラスだと思っていたのだ。
 小学生のころは、お小遣いその他の関係からも、週に1,5回くらいしか行っていなかったが、中学、高校は一日に1〜3回。ゲームなどをして滞在時間は毎日数時間。大学時代はもっと多くて、毎日3〜5回。一日の滞在時間は4〜17時間くらいであった。社会人になってからも毎日のようにマクドに通っていた。
 しかし、おなじようにマクドに住むがごとき人を知ったのは、矢嶋氏がはじめてなのである。
posted by はづき生 at 20:46| Comment(5) | TrackBack(0) | 気になるURL | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

短歌20100422昼

あめのみづ集めてはやし下水溝われらの下にいま激ちたり
ラベル:短歌
posted by はづき生 at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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